湯築城 復元区域



【家臣団居住区】
 南側にはかつて動物園があったが、昭和62年(1987)に閉園した後、発掘調査を行い、 中世当時の遺構が数多く発見された。この調査結果を基に、平成10年〜14年に かけて整備が行われ、現在は復元区域として公開されている。

【武家屋敷1】
 発掘された礎石や当時の資料をもとに復元された。柱間は全て均一で6尺5寸 (1.97m)を基本とする礎石建物。建物内部は主室、台所、土間などが再現されている。

【土塀】
 川原石を使い0.7m〜1mの幅の石列を作り、間に小石を詰めて基礎を立ち上げ、 その上に粘土ブロックを積み重ねて表面に壁土を塗り仕上げる。調査では、基礎石 部分のみが検出され、各屋敷は14〜15m間隔で区画されていたことが分かっている。 武家屋敷1の横にある復元土塀は当時の工法で復元されている。

【武家屋敷1 円形石積遺構】
 楕円形の穴の壁に石を積み上げて作られた遺構。井戸としては浅く、土を分析しても 寄生虫などが発見されなかったことから便所でもなく、目的が分かっていない。

【最大土坑】
 縦横6.8m×3.4m、深さ0.8mの土抗で、城内で発見された中では最大のもの。中からは 土器皿や陶磁器、魚骨、貝などが発見されている他、人骨も発見されているらしい。

【屋敷2】
 発掘された礎石や当時の資料をもとに復元された。建物内部の構造については意見が 分かれたらしく、屋敷1のように部屋は再現されておらず、資料館になっている。

【屋敷2 展示物】
 屋敷2の内部に展示してある鉄砲玉や猫の足跡が残る皿。色々と珍しいものが展示 してある。

【排水溝】
 大小様々な大きさの川原石を積み上げてつくられている。


【上級武士居住区】
 家臣団居住区の東側の区域が上級武士の居住区とされている。動物園があった頃、 この辺りは象が飼われていた場所だったらしく、踏み荒らされて遺構があまり残っていない らしい。復元建物は無く、平面展示してある。

【池】
 3m四方に小石を敷き詰めた深さ0.3mの浅い池と、大きな石を周囲に配置した 最深部0.8mの池が検出されている。道路に沿って流れている排水溝から溝を つないで池に水を取り込んでいた。池の周囲には建物の礎石が見つかっており、 建物の庭園の池だったと考えられる。

【土坑】
 上級武士居住区にある土抗。縦横2.5m×2.0m、深さ0.5mで、内堀土塁裾に作られた 排水溝を壊して掘られている。ここからも、主に土器が発見されている。


【道路跡】
 外側土塁の南東角に沿って道路や排水溝が検出されている。この道路に 面して土塁の廻らされている裾石は、この辺りが最も高く良好に残っている。


【土塁展示】
 最も保存状態の良い南側土塁の一部が断ち割られて内部が見れるように 展示されている。この土塁は、外堀を掘ったときに出る土を盛り上げて造られる 掻揚げ土塁で、土が詰まれた跡が土塁断面から分かる。