| 【妻木城】 |
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南北朝時代に美濃守護の土岐氏の一族である妻木氏により築城されたと言われている。
戦国期は明智光秀に従ったが、その後この地域を領した森氏に従い廃絶は免れた。
その後、関ヶ原で東軍に味方し7500石の旗本となり、頼忠、頼利、頼次と3代続いたが、
頼次に跡継ぎがなく妻木氏は断絶し、妻木城も廃城となった。
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| 【登城路】 |
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| 今回訪れたのは記録的な大雨の直後だったので、車道は土砂崩れや倒木で通れなかった。 山麓からの登城路もあったが、長い道のりになりそうだったので今回は断念した。 |
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| 【山麓部】 |
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| 平素の居館である山麓部の御殿跡、士屋敷跡は関ヶ原以降に整備されたと考えられ、 石垣で固められた3段の郭で構成されている。 |
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| 【石垣】 |
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| 多くの石垣が残っているものの、あまり整備はされていないようで、 かなり崩落が進んでしまっている。 |
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| 【枡形】 |
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数段に別れた郭の中程にある約20m四方もの巨大な枡形。枡形の奥には階段も残っている。
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| 【池跡】 |
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下段の東側に残る池跡。御殿の庭園にあった池の跡と思われるが、旧状は良く分からなかった。
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| 【井戸跡】 |
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しっかりと石組みが残っている。
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| 【門跡、蔵跡】 |
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| 郭の西側の道沿いには門跡や蔵跡も残っているが、どのような形状だったかは いまいち良く分からない。 |
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| 【崇禅寺山門】 |
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麓の崇禅寺の山門は妻木城の城門を移築したものと言われている。。
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