荘田城跡
荘田城跡について
天慶3年(940)平将門討伐戦に加わった利根八郎によって築かれたのが始まりと言われているので、かなり古い時代に築かれた城。利根八郎一族の三浦氏から沼田を名乗る者が出てこの地域を治めた。8代目の沼田景朝が小沢城を整備して移るまでの間、158年間沼田氏の居城となった。現在は空堀などが復元され、城址公園として整備されている。ちなみに、この利根八郎は三浦一族で豊後の大友氏の先祖にもあたるらしい。
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【荘田城址公園】 |
台地の西端部に整備されている荘田城址公園。ここには平安時代に築かれたという空堀が復元されているが、それ以外の遺構は特に見当たらない。台地下との高低差はそれなりにあるが、わりとなだらかで、どのような縄張だったのかはいまいちよく分からない。
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【空堀】 |
上記の公園内に復元されている空堀。深さ1.5m程度の小規模なものだが、この位置がまた微妙。どこから何を守ろうとしていたのかよく分からない。
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【台地下の公園】 |
台地下も城址公園となっているが、こちらの方が神社っぽい建物があったりと歴史を感じる雰囲気。一般的には台地上に居館を築くのが定石だが、普段見ている城よりだいぶ時代も遡るので、詳しいところはよく分からないものの、むしろこちらの台地下の方が主体だった可能性もある。
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【馬石・牛石】 |
台地下の公園内に置かれている馬石・牛石。沼田景泰が乗っていた牛馬が景泰が亡くなるときに激しく泣いて死に、石に化けたものらしい。こういう伝説はありがちで、何らかの元ネタがあるのだろうとは思いたいが、判断が難しいところ。そもそも馬と牛にすら見えないし。
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