Japanese Castle

花畑城

花畑城について

 花畑城の歴史は古く、鎌倉時代に方穂氏の居館の居館として整備されたらしい。 『小田氏十五代』には片穂城記載されており、南北朝期には南朝方の拠点・小田城を攻める 高師冬の本陣が置かれた場所と思われる。戦国期には小田氏の出城として利用され、 小田氏一門の久保田氏が城主となったが、多賀谷氏に攻撃され落城した。現在僅かに残る遺構は この頃のものと思われる。その後、江戸時代は旗本の堀氏の陣屋として使われた。 城内の庭園には花畑や泉水、築山などが造られた為、花畑城と呼ばれるようになったらしい。
【土塁】
 現在、城跡は花畑近隣公園となっており遺構は殆ど残っていないが、東側の一部に折れを伴う 土塁が見られる。北東隅には虎口跡っぽい移行もみられる。また、土塁の外側は公園より一段低くなっており、 かつての堀跡のような気もする。案内板でも立ててくれればなぁ。