筒戸城
筒戸城について
永禄2年(1559)筒戸氏によって築城されたが、天正17年(1589)頃には下妻多賀谷氏などに攻められ廃城になった。
城は3方を谷津に囲まれた舌状台地に位置する要害だったようだが、比高は2m程で現状見た感じでは要害とは程遠い感じ。
遺構も殆ど残っていないが、中城、馬場、下馬木などの地名が残っているらしい。
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【本丸】 |
本丸は民家などになっており、ほとんど遺構は残っていない。西側の一部にのみ辛うじて土塁が残存していた。
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【本丸東側】 |
本丸の東側のライン。かつてはこの辺まで谷津が入り込んだ自然の要害となっていたらしい。
新しい豪邸が建つらしく、紛らわしい石垣を造成していた。
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【本丸南側】 |
本丸の南側には民家が並んでいるが、道路より一段高くなっており、この部分が城域の境界だった事が分かる。
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【馬場】 |
馬場も竹藪と民家といった感じで、これと言った遺構はなさそうだが、本丸と馬場の間の堀跡や、
東側のラインが、かつての名残として分かる。
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【善福寺】 |
現在、善福寺のある場所がかつての二ノ丸に当たるらしい。この辺りも遺構は何もなさそう。
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【主郭~2郭】 |
善福寺横の曲がりくねった車道。かつては本丸と二の丸とを隔てる堀があった場所と思われる。
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