本丸御殿


【本丸御殿】
 本丸御殿は、藩主の居間や対面所、台所などの多様な用途の複数の殿舎で構成された、城の 中核をなす建物。当時は部屋数53室、畳総数1570畳あったと言われている。現在は御殿の中でも 主要な部分である大広間棟、台所棟、数寄屋棟などの部分が復元され、それらの南側にあった小広間や 月見櫓、北側の藩主の居間などが平面展示されている。


【闇り通路】
 二つの石垣をまたぐように建つ本丸御殿の下は地下通路となっている。昼間でも暗い事から 闇り通路と呼ばれている。このような地下通路をもつ御殿建築は全国的にも珍しい。入口は 闇り御門と呼ばれ、上部は唐破風となっている。


【大御台所】
 煙出しの窓がある吹き抜けの台所。2つの囲炉裏の他、土間には竃などもあった。囲炉裏の復元は発掘された 石を一部使用している。


【式臺の間】
 式台とは、書院造りにおいて『送迎の挨拶をする所』という意味で、御殿の玄関に相当する部屋。 部屋の中には闇り通路の玄関から上る階段があった。


【対面所(大広間)】
 大広間は儀式や行事を行う時の対面所として使用された。鶴の間から奥に向かって梅之間、櫻之間、 桐之間、若松之間と続いている。それぞれの部屋境は襖で仕切られ、南側には縁側が配置されている。


【鶴の間】
 広さ60畳で、大広間の中で最大の部屋。闇り通路の玄関から上る階段があった。北西側には 二間半の床の間が設けられ、床壁には鶴の絵が描かれていた事からこう呼ばれている。


【若松の間】
 西側に床の間と付書院、南側に違棚が備えられた書院造り。床壁や襖に若松の絵が描かれていた。 (18畳)


【中庭 縁側】
 大広間の南側に配置され広縁、落ち縁、濡れ縁の3段で構成されている。幅は約5.5mで、 すべて檜板が使用されている。


【昭君の間】
 大広間で最も格式の高い部屋で、対面所として使われていた。北側に床の間と違棚、西側に 付書院と違棚、東側に帳台構えが備えられた書院造りで、床壁や襖には中国の故事『王昭君』の 物語の絵が、天井に花木の絵が復元されている。(18畳) 一説には、有事の際はここに豊臣勝頼(将軍=昭君)を招こうとしたとも言われている。


【数寄屋】
 本丸御殿には大台所、大広間の他に茶室があった事が絵図などから分かっている。加藤清正は茶の湯を 千利休から学び古田織部を好んでいた事から、文献や類似資料などにより、織部好みの茶室として復元 されている。(長6畳)


【蘇鉄の間】
 壁や襖に蘇鉄の絵が描かれていた事からこう呼ばれている。(18畳)


【家老の間】
 家老などの控えの間。(16畳)


【雪の間】
 襖に行きの絵が描かれていた事からこう呼ばれている。対面所としても使われていた。(22.5畳)