長命館
長命館について
古くは西木戸氏の居城であるとの記載があるが、詳しいことは定かで無い。室町期には、この地域に勢力を拡大していた国分氏の一族である長命氏の居城だったが、江戸時代初頭までには廃城となったと思われる。有名武将の城と言うわけでもなく、市街地にある公園という事で、正直あまり期待はしていなかったが、予想外に遺構は良く残っていた。
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【冠木門広場】 |
城域南側の冠木門広場。現地解説版を見ると、この辺りはかなり技巧的な造りになっていたようだが、公園化によってだいぶ改変されてしまっている様子。
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【曲輪Ⅳ 虎口跡】 |
冠木門広場から西側に隣接する曲輪Ⅳへ。曲輪Ⅳの東側には虎口跡とみられる張り出しと通路が見られるが、当時の遺構かは不明。
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【曲輪Ⅳ】 |
城内で最も広い曲輪で、南北に土塁が残っている。曲輪内の南寄りの位置に井戸跡も見つかっているらしいが、よく分からなかった。訪れたときは全く花は咲いていなかったが、お花見広場と呼ばれている。
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【曲輪Ⅳ 南側土塁】 |
曲輪Ⅳの南側には高さ2m程の土塁が状態良く残っており、土塁の反対側の切岸も見事。
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【曲輪Ⅲ~曲輪Ⅳ】 |
曲輪Ⅳの北側は、曲輪Ⅲとの間の掘切で断ちきられており、間に小曲輪も設けられている。
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【曲輪Ⅲ】 |
曲輪Ⅳの北側が曲輪Ⅲ。曲輪Ⅲとなっているが、城域中央部の最も高い位置にあり、ここが実質上の主郭にあたる場所と思われる。館跡と呼ばれている事からも、何らかの建物が建てられていたと思われる。(当たり前か) 周囲は綺麗に切岸加工されている。
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【曲輪Ⅲ 馬出し】 |
曲輪Ⅲの西側には、馬出状の小曲輪が土橋によって連結されている。古くからある城らしいが、この辺りの技巧的な造りは室町期の遺構だろう。
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【曲輪Ⅱ~曲輪Ⅲの空堀】 |
曲輪Ⅱ~曲輪Ⅲの空堀。曲輪Ⅱとの高低差は6~7m程に及ぶ規模の大きな空堀が見事に残っている。
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【曲輪Ⅱ】 |
現在梅園となっている曲輪Ⅱ。他の曲輪に比べると、この曲輪だけ削平が甘く丘状になっている。しかし、梅は綺麗。
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【曲輪Ⅰ】 |
曲輪Ⅱと浅い掘切を挟んで西側に位置する曲輪Ⅰ。この曲輪は物見台と呼ばれており、物見櫓風の建物が建てられている。他の曲輪より低い場所にあるが、確かに北側の眺望は開けている。曲輪Ⅲなどと比べると堀も浅く、周囲の切岸もだいぶ控えめな感じ。
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