敏満寺城
【敏満寺城】
青龍山を御神体とした天台宗寺院が城塞化した軍事拠点で、12〜15世紀に繁栄した。 当時は比叡山を凌ぐとも言われ、その勢力から守護大名などと度々対立するようになった。 戦国期に浅井長政や織田信長に攻められ坊舎をことごとく焼かれ、寺領も取り上げられた。 慶長年間には残った礎石も彦根城普請の為に運び去られた。 昭和61年に発掘調査が行われ、現在は高速道路のS.A内に残されていると言う意味で 非常に珍しい城跡となっている。
【主郭土塁】
上り方面のS.A内(西側)にある遺構が主郭のあった場所。周囲を土塁で囲まれ、 櫓台も見つかっている。高速道路建設により、かなり改変されていると思われるが、 青龍山から続く尾根上に造られていたものと思われる。
【主郭空堀】
主郭の南側、2郭との間の空堀。それなりの規模の城だった事が分かる。
【2郭】
主郭南側の2郭跡。ここからは井戸が見つかっている。当時のものかは分からないが、 しっかりと切岸加工されている。
【東側】
主郭があった西側エリアとは高速道路を挟んで反対側にも坊跡、鍛冶跡、井戸跡などが確認されているらしい。 現在は埋め戻され、公園となっている。