小島陣屋
小島藩を興した松平信治によって宝永元年(1704)に築かれた陣屋が始まりで、以降小島藩松平氏は、一万石の譜代大名として幕末まで164年間この地を治めた。陣屋とは言え、高さ4mに及ぶ石垣や、3段の曲輪など城郭風の縄張りが良く残っており、小大名の陣屋遺構として保存状態の良さなどから国指定史跡に指定されて、近年整備が進められている。
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小島陣屋主要部
【大手枡形表門跡】 |
城域の南東隅に設けられている枡形表門跡。小規模ながら、形の良い枡形が残っている。
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【馬場跡】 |
表門の門前に馬場跡の案内板が。半分民家で遺構はない。古絵図によると、もう少し大手に近かったような感じもするが、だいたいこの辺り一帯が馬場だったと言う事だろうか。
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【大手石垣】 |
この陣屋最大の見所と言える大手に築かれた石垣。陣屋内最大の石垣で高さは4m程あり、切込接で積まれている。これは陣屋と言うより完全に城。
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【大手門跡】 |
上記の石垣を見ながら登ると大手門跡に至る。かなり規模の大きい枡形だったことが分かる。
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【陣屋跡】 |
主郭部分にあたる広大な陣屋跡。訪れた2023年11月は幕に覆われ、案内板が建てられるなど、整備の真っ只中といった感じだった。国の史跡に指定されたのは2006年なので、指定されてから既に17年経っている。何故今頃?という感じがするが、元々は私有地だったらしいので、巻き上げ じゃなかった公有化が近年完了したと言う事だろうか。未だに私有地となっている貴重な史跡は多い。個人の厚意に頼るのではなく、資金援助をするなり、公有化を進めるなりして保全していって欲しいと思う。
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【書院跡】 |
整備中の書院跡。現在は案内板だけが建てられている。陣屋跡は明治期には小学校となり、書院建物が校舎の一部として活用されていたらしい。その後、昭和になり小学校移転に伴って建物は移設され現在も公会堂として使われているとの事。
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【陣屋南側石垣】 |
陣屋南側石垣 綺麗な切込接で積まれている部分と、割と適当な部分があるが、後者は安政の地震(1855)後の修理によって築かれたものと考えられている。なお、この辺りは古絵図によると士分の居住スペースだったらしく、これらの石垣によって数段に分けられ曲輪を形成している。
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【裏門跡】 |
陣屋の北側に位置する裏門跡。現在は車道に面しており、遺構は残っていない。数年後にはここに立派な門が復元されているかもしれない。
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その他
【整備中の駐車場】 |
裏門跡の外側には、駐車場も出来る様子。流石は国指定史跡だな。現在は陣屋跡に直接車を乗り入れているが、整備が進めば、そんなことは出来なくなるのだろう。
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【街中に残る石垣】 |
陣屋のすぐ東側まで宅地が迫っており、その街中にも石垣が残っている。住民にとっては不便な点もあるかもしれないが、共存している感が良い雰囲気。
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