【詰丸登城路】 |
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【迎徳神社跡】 |
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【詰丸本丸南側石垣】 |
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登城路を上っていくと、本丸南側の石垣が見えてくる。下半分は一見崩れた感じの緩い斜度の石垣となっている。 これは、上部の石垣が崩れないよう築かれた、鳥取城などでも見られる巻石垣のような役割をしていたのだろうか? ま 本当に崩れただけなのかもしれないが。一部の石には石切穴も見られる。 |
【要害門】 |
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詰城の大手虎口にあたる矢倉門。細長い枡形状の石垣が残っており、当時は石垣上に櫓が設けられていた。 一部土塀が復元されている。 |
【詰丸二の丸】 |
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要害門を抜けた場所が二ノ丸。詰丸の西側半分にあたり、東西、南北40m程ある山頂にしては広い曲輪。 現在、建物は残っていないが、当時は周囲に2基の二重櫓が設けられ、それらの間を土塀で繋いでいた他、 要害番所と宿所である居小屋が建てられ、平時でも6~7人の藩士が警護していた。 随所にくさびの跡がついた石が転がっている。 |
【詰丸二の丸 貯水池】 |
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【詰丸二の丸 瀬戸崎矢倉跡】 |
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【本丸】 |
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二の丸の東側、一段上がった部分が本丸跡。標高約143mの指月山の山頂に位置する東西50m、 南北40m程の曲輪。天守はなかったが、周囲に4基の二重櫓が設けられ、それらを土塀で繋いだ 堅固な造りだった。その他、藩主が登城した際に用いた茶屋なども建てられていたが、居住性に乏しく、 有事の際の籠城用の場所だった事が分かる。 |
【二ノ丸~本丸】 |
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本丸と二の丸との間は高さ1.5m程の石垣で仕切られており、当時はこの石垣上に土塀が建てられていた。 また、中央付近の石段部分に棟門が設けられ、本丸と二の丸とを連絡していた。 |
【本丸切割石】 |
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【本丸貯水池】 |
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【本丸矢倉台】 |
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【本丸埋門】 |
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本丸の東端には搦手にあたる埋門の石垣が残っている。小規模ながらも枡形を構成した堅固な門。 |
【本丸東側石垣】 |
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本丸の東側は急峻な斜面の上に高さ2m程の石垣が続いており、一部は二段に築かれている。 |
【本丸北東隅石垣】 |
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