岩櫃城
岩櫃城について
標高802mの岩櫃山の中腹に築かれた中世山城で、最も古い記録は南北朝時代まで遡るが、築城時期については諸説ある。戦国期には上杉配下の斉藤越前守憲広の本城となっていたが、永禄6年(1563)に武田信玄配下の真田幸隆によって攻め落とされ、以降は武田氏の上杉の侵攻に備える前線基地として機能し、久能城、岩殿城とともに武田氏の三堅城と呼ばれる程の堅固な城だった。武田氏滅亡後も真田の拠点となり、上田と沼田を結ぶ真田道の中間拠点として重要視された。天正18年(1590)北条氏が滅亡すると真田信幸は沼田城に移り、岩櫃城は沼田城の支城となった。慶長20年(1615)の一国一城令の前年に幕命により廃城となった。
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